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石見(いわみ)の国

東西に長い島根県は東部の「出雲(いずも)」、西部の「石見(いわみ)」、離島の「隠岐(おき)」の3つの国からなっています。近年、日本の原風景を今に残す「石見の国」に注目が集まっています。

津和野医光寺石見銀山石州瓦

日本最大の鉱山でありながら、環境保持に貢献したとして高く評価され、2007年7月に世界遺産登録された「石見銀山遺跡」。明治の文豪・森鴎外、啓蒙家・西周(にしあまね)を生んだ、山陰の小京都「津和野」。リズミカルで勇壮な伝統芸能を今に継ぐ「石見神楽」。石見人の匠の技が産んだ「石州(せきしゅう)和紙」「石州瓦」

素朴な町並みに息づく自然を愛する石見のこころ。伝統文化を今に伝え、古き良き日本の姿を見せる国が「石見の国」です。


「郷愁の汽笛 〜SLやまぐち号〜」

JR山口線(新山口〜益田)を走るSLやまぐち号は、昭和54年8月1日、旧小郡〜津和野で復活し、以来30年にわたり多くの人々を魅了し続けてきました。蒸気機関車「C57」はその優雅で気品ある姿から、通称「貴婦人」と呼ばれています。山口市内からほどなくして迎える仁保峠を越え、山陰の小京都・津和野に至るまで、ノスタルジックな客車を牽引しながら山あいに郷愁の汽笛を響かせます。

益田の町

萬福寺益田の風景

益田市は中世・鎌倉時代から戦国時代にかけて栄えた、城主・益田氏の城下町です。島根県の最西端の市で、津和野町、浜田市、山口県・萩市などに隣接し、県内最大の約10の1の面積を有しています。

農林・漁業が盛んな町で、美しい自然から育まれた農水産物はもとより、名所、史跡も数多く、訪れる人々を魅了します。

益田が誇る特産物は、「メロン」「ぶどう」「ゆず」「わさび」「トマト」「天然鮎」と実に多くの恵みを受け、全国的にも注目されています。

万葉の歌人・柿本人麻呂の生誕、終焉の地として、また画僧・雪舟の途留地として語り継がれ、歴史と情緒あふれる町としても知られています。

伝統の「石見神楽」社中も多く、文化・芸能の情報発信地、島根県芸術文化センター・「グラントワ」では毎週日曜日に夜神楽が定期公演されています。

自然の豊かさ、歴史の深さ、人のやさしさ。なつかしき日本の原風景を今に残すこころのふるさと、「益田」です。

中垣内の里

棚田

中垣内(なかがうち)の里は、島根県西部の石見(いわみ)地方に位置する益田市にある山里です。里は万葉の歌人・柿本人麻呂が自身の歌で詠んだ、打歌山(うつうたやま)の中腹から麓にわたって広がり、美しい日本海もほど近く、自然豊かな日本の田舎の原風景を今に残しています。

中垣内の里には昔と変わらぬ自然がそのままに残っています。
太陽の日差し、木々の音、風の匂い、そして人のふれあい・・・。

時間に追われる毎日はここにはありません。ゆったりと時が流れ、時間とともに人生を刻んでゆく。
蒼い空、白い雲、深緑の山々、爽やかな風、そして人々の営みが忘れかけた日本の心を取り戻していく。

自然と一体になれる場所。それが中垣内の里です。


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中垣内の里へは

1.飛行機

東京(羽田空港)⇔益田(萩・石見空港)で約90分→車で約15分
大阪(伊丹空港)⇔益田(萩・石見空港)で約60分→車で約15分

※大阪便は夏季運航便

2.列車

山陰本線または、山口線でJR益田駅下車→車で約20分
JR益田駅乗車→石見交通バスで約20分(中垣内出入口バス停で下車)

3.高速バス


大阪⇔津和野(石見交通、阪神バス)で益田駅下車→車、バスで約20分
広島⇔益田(石見交通)で益田駅下車→車、バスで約25分

4.

浜田自動車道(浜田I.C.)から国道9号線で約50分
中国自動車道(小郡I.C.)から国道9号線で約90分
中国自動車道(戸河内I.C.)から国道191号線で約90分

清流日本一・高津川

なかや」がある石見の国・島根県益田市には日本一の清流・高津川が流れています。

平成18年度、19年度、22年度の国土交通省の全国水質調査で三度目の清流日本一に輝きました。
一級河川としては全国で唯一ダムがなく、鹿足郡吉賀町をその源流とし多くの支流を集めながら、津和野町、益田市を経て日本海へ注いでいます。流域住民やボランティア団体、利用者の高津川への篤い思いが清流日本一という結果につながりました。
「なかや」で栽培されている「棚田天日干し米」も、大道山の湧水を使用した後、中垣内を流れる三谷川へと流れ、白上川を経て清流高津川へとそそいでいます。

高津川タニシ

高津川は天然鮎の産地としても有名です。水質が極めて良好な上、ダムがないため自然な増水によって川底がきれいに洗い流され、良質なコケをエサとするアユの住み家となっています。毎年、6月〜10月の解禁時期に見られる鮎かけ漁の光景は高津川の風物詩となっています。生息するアユの多くは天然遡上と言われ、その姿・形の良さには定評があります。アユの塩焼きは、芳醇な香りただよう極上の逸品です。また、清流に生息するツガニ(もずくがに)や日本海の海水が交わる下流域の大はまぐり(鴨島ハマグリ)も水質の良い高津川の名産品として知られています。

絶景・日本海

山陰地方を象徴する景色の一つに「日本海」の絶景があります。
常々連想される、荒々しい冬の顔だけでなく、大海は時折、紺碧の姿を見せる穏やかは一面も持ち合わせています。「山陰を訪れたら列車に乗れ」と言われるように、山陰海岸の景色には自然の雄大さを感じることができます。とりわけ、石見地方に入ると、日本海をまじかに走行する沿線が多く、益田では山陰でもめずらしい、「三里ケ浜(さんりがはま)」と呼ばれる東西約12kmにも及ぶ海岸線が見どころの一つとなっています。また、益田沖には「高島(たかしま)」と呼ばれる無人島があり、1年を通じて多くの海釣りファンが見られます。夏に見るイカ釣り業の漁火も益田の風物詩として知られています。


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石見神楽

石見で最も有名な伝統芸能である「石見神楽」は、元来五穀豊穣の感謝を神に奉げる神事として行われてきました。そのリズミカルで壮麗な舞いは、時を経て、今や郷土芸能として一般庶民に親しまれています。

石見地方には社中(しゃちゅう)と呼ばれる多くの保存会があり、あらゆる祭事で行われる公演を通じて伝承されています。八調子のテンポで舞う、鐘馗(しょうき)や大蛇(おろち)の姿はまさに圧巻で、老若男女を問わず広く愛される存在となっています。
「石見神楽」は石見人の心に映るふるさとの象徴として、これからも愛され続けていくことでしょう。

日本棚田百選(千枚田)

中垣内の棚田は万葉の歌人・柿本人麻呂の歌に登場する打歌山(うつうたやま)の中腹にあり、1999年7月に下平(しもびら)地区の一部が「日本棚田百選」に認定されました。

起源は今から1000年近くに遡り、中世・平安時代から開発されてきました。指定エリアには、約400枚もの石積みの棚田が広がり、年々進む高齢化、過疎化の中で、棚田の保全管理によって、災害の抑止に大きく貢献していることや、背面の打歌山連峰を含めた自然との調和が高く評価されています。

中垣内はその地勢上、打歌山中腹から裾野にかけて多くの棚田を抱え、益田市でも古くから水田が開けた土地として記録されています。人麻呂ゆかりの里として万葉の時代に想いを馳せる山あいの集落に、先人たちの息吹が聞こえてくるようです。

現在、棚田は地元有志による棚田保存会が、オーナー制棚田の管理・運営を行い、毎年田植え期、収穫期にはイベントを催し、棚田オーナーと地元住民とのふれあいを催しています。

匠の技・土蔵と鏝絵

蔵と鏝絵(こてえ)

中垣内には石州左官が造り上げた貴重な土蔵鏝絵(こてえ)が今なお残されています。中垣内全体では31棟が現存し、各家々の生活を長年にわたり支えてきました。

この土蔵に掲げられた鏝絵と呼ばれる漆喰彫塑が今注目を集めています。鏝絵は各家によって異なり、縁起物とされる大黒様や打ち出の小槌、竜や鶴など実にさまざまな立体装飾を見ることができます。島根県内でも主に石見地方に多く存在し、その繊細で壮麗な造形はまさに芸術の極みと言えます。

これらの製作にたずさわった石見地方出身の左官、石州左官の技術は明治時代以降、全国的に名を馳せるまでになり、国会議事堂や帝国ホテルなどの室内装飾に携わりました。

しかし、その高く評価された石州左官の匠の技を受け継ぐ後継者も少なくなってきており、貴重な文化財として今後も保全していく必要があります。

白岩神社

白岩神社

白岩(しらいわ)神社は、1558年に領主・益田藤兼の志願により福岡県の英彦山神宮(英彦山権現)から分弊された神社で、祭事は白髪大倭根子命(しらがみやまとねこのみこと)。雄略天皇の皇子でのちの清寧天皇です。

1600年に津和野藩主・坂崎出羽守が領主となってからは一時荒廃しましたが、次いだ領主亀井氏の篤い信仰により繁栄復活を果たしました。

白岩神社は中垣内・中間(なかま)地区に建立されていますが、それ以前は大道山中腹にある現在の一畑薬師堂がある位置に祭ってありました。境内には人力回り舞台の舞殿があり、芝居が行われる際には多くの観客が訪れます。

また、春になると神社下の沿道はおよそ100メートルにわたってソメイヨシノの木が咲き乱れ、見事な桜のトンネルが見る人を魅了させてくれます。

益田富士・大道山(打歌山)

大道山

益田富士とも呼ばれる中垣内の代名詞的な存在の大道山(おおどうやま)ですが、中垣内のみならず益田を象徴する山と言えます。
益田の中心地から西に望む大道山連峰は、ふるさと益田を偲ぶ風景として市民の心に強く刻まれています。

標高419メートル。頂上までの山道が整備され、平原地区がその入口となっています。山道は砂利道で、車でも登られるようになっていますが、やはり徒歩での登頂がおすすめです。
山頂から望む景色は益田市街や日本海、さらには遠く中国山地の山々と絶景の極みです。

頂上には展望台やトイレ、東屋などが設置されピクニックやハイキングに是非おすすめします。

元旦には地元・中垣内自治会が「初日の出遥拝」の主管となって、毎年500人近くの方が参加されます。訪れた人々には、いのしし鍋やお餅などがもてなされ、遥拝までの楽しいひとときを過ごされます。1年を通じてさまざまな姿を見せる大道山にきっと魅了されるはずです。

・人麻呂ゆかりのやま
大道山は別名「打歌山(うつうたやま)」と言われ、万葉の歌人・柿本人麻呂が自らの歌で詠んだ山として知られています。

 柿本人麻呂が都に旅立つ際に妻への別れを惜しんで詠んだうた。

 「石見のや高角山(たかつのやま)の木の間より我が振る袖を妹(いも)見つらむか」
 ”石見の高角山(打歌山)の木の間から私が振る袖を、妻は見てくれるだろうか”の意。

・大道山の由来
かって大道山では黄銅が採掘されていたそうです。大道山を貫く1本の坑道が掘られ、今もその跡が残っています。大道山の名の由来はこの黄銅からと言われています。

人力回り舞台

人力回り舞台

中垣内には全国でも珍しい人力回り舞台が現存します。
白岩神社境内にあるこの人力回り舞台は、舞台の中央に回転する円形舞台があり、それを床下から数人の人力で回すことができるものです。舞台の転換時に使用するもので、貴重な文化財として注目されています。

そもそも、中垣内を含む益田市西部は地芝居が盛んな地域でした。石見神楽に代表される東部とは異なった文化が目覚め、地域住民の象徴として演じられてきました。

しかし、近年まで永らく舞台を使用する機会がなく、数年前から再度その存在に光が当てられるようになりました。平成12年10月22日に地芝居「君をこの胸に抱くための永いながい旅」を皮切りに、これまで5度の公演を行い、平成24年8月13日に7度目の地芝居が行われ、大盛況の中次回への期待を膨らませています。

一畑薬師如来堂

一畑薬師堂

大道山連峰の中腹に、ひっそりとたたずむ一軒のお堂があります。地元では薬師堂と親しんで呼ばれる、一畑(いちばた)薬師如来堂です。

眼病治癒の仏様として有名な島根県出雲市の一畑薬師の分院で、明治44年に今の地に祭られました。

薬師堂へは参道が整備され、歩いて20分程で到着します。お堂からは遠く益田市街や中垣内の棚田も一望できます。大道山の麓から薬師堂を眺めると、まるで修験道の山岳寺院を思わせる風景がひときわ目に飛び込んできます。

また、冬には雪景色に染まる切り立った岩壁とお堂が、中国・桂林の水墨画のように映りまさに絶景です。

石州(せきしゅう)の甍

中垣内の家々の多くは「石州瓦(せきしゅうがわら)」と呼ばれる赤褐色の屋根をしています。

石州瓦は石見地方で生産され、高い焼成温度によって、冬の厳しい環境にも耐えうる強度と耐寒性に優れた粘土瓦として知られています。室町時代から江戸時代にかけて津和野城や浜田城などの建築に使用されたことで地場産業として発展しました。石州瓦は、三州瓦(愛知)、淡路瓦(兵庫)と並んで、日本三大瓦の一つに数えられています。

深緑の山々と赤瓦のコントラストが見せる風景は、中垣内の山里を象徴する心なつかしの情景です。

さーら打歌

益田市立中西小学校中垣内分校が平成13年3月をもって廃校となり92年の歴史に幕を閉じました。

さーら打歌さーた打歌

その後校舎を人々のふれあいの場として活用すべく、「さーら打歌」が新たにオープンしました。さーら打歌では地元住民だけでなく、来訪者の人たちとのコンコースとして幅広く利用され、往時の学び舎を懐古する空間を提供しています。

旧校舎からは大道山を目前に望み、棚田百選エリアや白岩神社、一畑薬師堂を一望できるロケーションに位置しています。毎年5月の第1日曜日には中垣内運動会が催され、地区内外を問わず参加者は田舎の手作り運動会に一喜一憂しています。


2010年の「中垣内地区民運動会」のようす

ホタルの生息

あじさい小川

夏の風物詩・ホタル。原風景が残る中垣内の里には今も昔と変わらずホタルの生息域になっています。

中垣内上部の平原地区から流れ出る三谷川の小川に沿って、何百、何千ものホタルが互いにやわらかな光を発しながら、夏の恋物語を繰り広げています。その光景はまるで、「天の川」かと見まごうばかりの光の帯を連ねています。

ホタルは成虫になって2週間で短すぎるその一生を終えるそうです。まさに一瞬の輝きを放って夜の暗闇に消えていく幻想的な世界が今年も中垣内の里に広がります。

ずいたれ窯

棚田百選エリアに程近い場所に「ずいたれ窯」と称した、中垣内の共同炭焼き窯があります。

ずいたれ窯ずいたれ窯

この「ずいたれ」とは益田弁で「食いしん坊」という意味です。

手作りの炭焼き窯では1年を通じてカシやナラなどの広葉樹が焼かれ、なかやでも木炭木酢液の精製はこのずいたれ窯で行われています。

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